熱田神宮伝馬町周辺案内(その3)


今回は南区役所「史跡散策路、大江川緑地と新田めぐり」及び「史跡散策路、新田開拓と神社めぐり」を
訪ねカメラレポートをします。地下鉄駅は伝馬町駅が最寄駅ですが名鉄常滑線、市バス金山19系統、
名港11系統、神宮15、16系統、新瑞14系統などが便利です。
南区が東海市と接する天白川右岸にあります。 須佐之男社


北柴田新田は、天白川を挟んで向かいの南柴田新田とともに、宝暦6年(1756)に名古屋・
納屋町の柴田屋新兵衛が開拓しました。(南区役所説明文引用)。右は稲荷神社前から
天白川に架かる千鳥橋(左国道247号)と名鉄常滑線鉄橋を撮る。


名鉄・常滑線柴田駅前にある弘法堂です。境内には伊勢湾台風殉難者慰霊像(右)、
六地蔵、三十三観音、が建っています。


説明碑文拡大 愛と力の筏像


大江新田が開拓されたとき(1804)に創建された神明社境内の奥に建てられています。
名古屋周辺および知多半島でのノリの養殖は、明治40年に笠寺村阿千輪兼吉によって
始められました。その後「あゆち海苔」「愛知海苔」という名前で知られるようになり、
南区を代表する産業のひとつになりました。(南区役所説明文引用)。


江戸時代に発行された水袋新田絵図・大江通南西角に、「水袋新田鎮守社加霊松神社・
星宮神主神事」の文字と、一本の大松と祠が描かれています。もとはこの祠に祀られて
いましたが、昭和18年の大江川改修工事のときに、現在写真右の場所に移されました。
(南区役所説明文引用) 神松地蔵堂


大江川緑地は、もとは川だったところを埋め立てて作られた場所で、昭和55年に完成しました。
全長約1.8キロメートル、面積は約11.5ヘクタールあり、南区最大の緑地です。
園内には約7万5千本の樹木が植えられています。また、細長い地形を生かして
人工の川やサイクリングコースが整備されています。 (南区役所説明文引用)


説明文拡大 伊勢湾台風慰霊之碑


又兵衛新田は、正徳5年(1715)に、加藤又兵衛と笠寺村の人によって開拓されました。


jr笠寺駅西に建つスポーツ施設、日本ガイシスポーツプラザ。


(忠次橋東詰)の青峰山観世音菩薩像(左)は、南区の村々がまだ海に面していたころ、船が出入りする
舟江(ふなえ)付近や新田の堤防上に何体も祀られていました。水難を防ぐとされ、海の
安全祈願のために人々に崇拝されてきました。右は新田を譲渡された滝定助(たきさだすけ)・
春日井丈右衛門(かすがいじょううえもん)と、小作人六十人の名が刻まれた献燈が忠次稲荷
(忠次橋西詰)の境内にある。(南区役所説明文引用)。 忠治稲荷社


一望千里見渡す限りの新田であったと刻まれた郷土碑と神明社。 戸部下新田の郷土碑


道徳新田は、寛保元年(1741)に尾張藩によって開拓されました。
昔、天白川の流れを山崎川へ合流させる工事が行われましたが、たびたび堤防が決壊したため、
元の流れに戻しました。天白川の新田を取りつぶし、その替地としてこの土地が開拓されたため、
別名「御替地新田」といいます。境内の竜神社(左)には、円空作の竜神像が祀られています。
その背には、「氏子の願により、安永九年七月、荒子観音よりお迎えした」と墨書きされています。
(南区役所説明文引用)


道徳前新田が文政4年(1821)に完成したときに、村内の農民の守護神として創建されたと
いわれています。境内には、海上守護のために新田の堤防上に祀られていた観音像を移して
建てられた「青峰山観音堂」があります。(南区役所説明文引用)


名鉄線道徳駅西の道徳公園内の鷲尾善吉翁頌徳碑。文政4年(1821)に道徳前新田を開拓した、
海西郡塩田村(現在の海部郡)の豪農鷲尾善吉の頌徳碑です。区内で最も広い新田でした。
海新田だったため、開拓当初は波による堤防の決壊や風水害に悩まされました。のちに尾張藩
御小納戸の手に渡りました。道徳公園内に建っている碑には、開拓当時から大正4年までの新田開放の
歴史が刻まれています。(南区役所説明文引用)

この度国の登録有形文化財(建造物)に登録がきまりました。


南区道徳公園内クジラ池噴水。
クジラ池噴水 映像内の製作年月日は2021.07.18に訂正します。


若宮八幡社境内にある氷室長冬開墾地の碑。


この地は、宝歴4年(1754)に熱田の加藤紀左衛門が開拓したことから、「紀左衛門新田」
と呼ばれています。その後、徳川家の所有となりました。(南区役所説明文引用)
紀左衛門神社


紀左衛門神社境内にあります。


神明社の境内には、新田開拓の歴史を刻んだ碑(左写真)が建っています。
この新田は、元禄9年(1696)に、熱田伝馬役人が熱田宿駅伝馬の助成を目的に開拓しました。
後に熱田材木町江戸屋長三郎が譲り受けたため、「長三郎新田」と呼ばれるようになりました。
寛政5年(1793)に描かれた新田古図には「家数十九軒、人数九十四人」とあります。(南区役所説明文引用)


意外なところで意外な発見伊勢湾台風(昭和34年9月26日)で
浸水した水位を示す標識 南区柴田小学校校門横にあります。
赤い目印は3.2メートルとなっています。 駅から南へ約5.5キロ
 名鉄常滑線柴田駅北西約500メートルのところにあります。

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