中山道六十九次・ひとり旅

中山道六十九次・ひとり旅をご訪問下さいまして有難うございます。 中山道六十九次



木曽の桟(かけはし)は川を跨ぐ赤い鉄橋でなく、崖渕の絶壁の岩に沿って作られた木の桟橋でした(左写真)。
木曽路は殆どが尾張藩の領有地であったため至るところで活躍、施政(白木改番所など)を行ってい
ました。 木曽の桟

Kisokaido51 Ota
歌川広重 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

織田信長重臣・明智光秀の誕生地を訪ねる小さな旅

中山道(伏見宿・明智光秀)

Akechi Mituhide2
ウィキメディア・コモンズ経由で・明智光秀画像 [説明] 岸和田市 本徳寺所蔵
慶長18年(1613年)賛 絹本著色 80.7cm × 37.7cm
明智光秀 明智軍記
明智城(明智長山城)跡
明智光秀の産湯の井戸

花フエスタ記念公園(右)及び公園内に開設の「ぎふ可児 大河ドラマ館」

花フエスタ記念公園(世界最大級のバラ園)。シーズンオフのため園内の掲寺板を撮影。

天龍寺。

天龍寺山門と境内の明智氏歴代之墓所。

明智城大手門。

明智城跡散策路地図。

明智城跡碑と七ツ塚。

馬防柵(左)と本丸跡。

展望台の説明板。
名古屋から名鉄・犬山線・広見線経由 第1部 第2部 第3部


祐泉寺前の堤防から対岸の「大井戸の渡し」を見る。
可児市側は船着場付近が林で見れませんが
太田側でははっきり見ることが出来ます(下)。写真上は上段の広重画と良く似ています。
祐泉寺滞在中に描いたものと推察できます。


八幡神社東の細い道を約200mで木曾川堤防に突き当たります。
ここに建つ
「大井戸の渡し場跡」の標識です。江戸時代はじめまで使用され、その後流れ
が変わったため上流の太田の渡しに変わりました。 大井戸の渡し場跡


太田宿・日本ラインを撮る


渡船場へ向かう石畳道路。
ブルーの橋は太田橋。 渡船場


渡船場から見る対岸と下流の木曽川風景。
江戸時代後期まで使用されたという。


「大井戸の渡し」から約7〜8キロ下流の犬山橋左岸、「内田の渡し場跡」説明板の図絵。
文章部分拡大


中山道大田宿・岩屋観音堂付近の木曽川風景。


碓氷峠。クリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス
Old Usui Pass
ウィキメディア・コモンズより・旧碓氷峠(長野県北佐久郡軽井沢町大字峠町)

Usui no.3 bridge
ウィキメディア・コモンズ経由で旧信越本線の碓氷第3橋梁。

ここを(松井田宿)をクリックして下さい。
碓氷峠

京都 馬籠宿

中山道を歩く(全宿場ガイド)

稲(とう)・中・美 濃尾環状歴史街道・稲置街道(名古屋その1)

  稲(とう)・中・美 濃尾環状歴史街道